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「私の猫」が「ごんぞ」になるまで

某月某日
 どこのサイトか最早憶えていないが、とにかく奈良の多頭飼育崩壊の話を聞いてサイト見に行った。
 田舎猫・都会猫、それぞれに事情が違うが、緊急ではないにせよ暢気に構えていられるような状況ではない。
 特に都会猫の顔が皆三角に尖っているのが目に付く。しかも衛生的にも環境が劣悪だったらしいので、感染症などが心配になった。
 写真を見ていくうちに都会猫の中にハッチと同じ盲目の茶トラ猫がいた。
 汚い床に下りたくなくて、トイレのふちに爪先立ちしている様子が不憫で涙が出た。

某月某日
 このまま看過するなんてとてもできそうに無い。
 とにかく、あの茶トラは条件が悪すぎて、だれも手を挙げないだろうと思った。
 しかし、今はまだ預かっている猫がいるから、この子を里親さんに届けたらすぐにメールを出せるよう、下書きだけしておく事にした。

某月某日
 いちくんという名の盲目の猫に里親さんが内定した。
 私が、預かり猫の血液検査が終わって、里親さんが正式に決定したのでさてあのメールを出そうと思った矢先だった。
 タッチの差。喜ぶべき事なのに、釈然としない気持ちで一杯になる。
 他にも新しい家族を求めている猫が沢山いるではないか。
 しかし、いちくんがだめだったから、じゃあ別の猫をくださいなんて、そんなに簡単には気持ちは切り替えられない。
 ひとつだけ言える事、それはより緊急性の高そうな猫にする事。家の猫との相性などは後回しだ。
 なぜなら、既に2頭死んでいるのだ。それも短期間に。常識的に考えてみて異常なことなのは間違いない。

某月某日
 いちくんの他に、体は大きそうなのにやせ細っているように見える猫が気になっていた。
 その猫に決めてボランティアさんへメールを出した。
 すぐに縁組みの話が進んで、今度の週末に「あの家」から出しますと言ってくれた。
 他にも東京とか埼玉、千葉で里親さんが内定しているので、まとめて11月末にお届けをすると聞いた。

某月某日
 いよいよ、あの猫が新しい世界へ出るという日の夕方電話があった。
 あの猫が死んでいたという。それも飼い主はいつ死んだのか知らなかったそうだ。
 ボランティアさんは毎週日曜に行っているので、死んだのは前の週の月曜以降だ。
 とうとう彼は生まれた日も死んだ日もわからない、当然享年も判らないままこの世を去った。
 神も仏も無いのかと、暗澹たる気持ちになる。

某月某日
 あの猫はボランティアさんがお寺で供養してくださったとの事。
 ダンボールと毛布、お花など合わせて2.7キロしか無かったという。
 さよなら、いつか何処かで会えるといいね。

某月某日
 いちくん、あの猫、私が心に思った猫がまったく違った道をたどった。
 どちらにせよ、もう私は関わらないほうがいいのではないのか。
 しかし、食べ物やお金などの支援、サイトへのバナー貼り付けによる呼びかけは日々増えていても、総勢50頭の家族探しはまだまだ始まったばかりだと感じる。
 理解を示す人の中には、既に多頭飼育であり、これ以上は受け入れられないと言っている。
 私が里親を申し出なければ絶対にダメだとは思わない。
 しかし、これ以上一匹たりとも死んで欲しくないのだ。
 それにはあの家を出るしかない。
 老夫婦は既に飼育を放棄しており、平日の間に餓死する猫がまた出る可能性が十分にあるからだ。

某月某日
 意を決して、再度気になる猫2頭について問い合わせる。
 2頭の内一方は、とあるかたが一時預かりを申し出て来て下さっているという。
 どうやら、その方は私とほぼ同じ時期にあの猫を指名していたのだが、私が里親に内定したので別の猫を預かりましょうという事になっていたそうだ。
 その「別の猫」が私が気になっていた猫だった。
 やはり、余りにやせこけていて心配だったのだと思う。
 預かりさんの気持ちを尊重して、もう一方の気になる猫について話を進めていただくことにした。
 この猫は私が家のいまの状況を視野に入れて選んだ。
 去年の4月に「これからは絶対に私から選ぶ事はしない」と心に誓ったのに、あっさりと破ることとなってしまった。
 しかし、何かしら条件をつけて選ばない事には、全部というしかない。
 それほどまでに、切羽詰まっている。だが残念ながら、一時預かりだとしても全部は無理なのだ。
 苦しい選択だがそうするしかなかった。

某月某日
 また日曜だ。
 夜になるまで何もできない。電話が鳴ったら気絶しそうなほど、頭の中で嫌なイメージが渦巻いていた。
 私が声を掛けた猫がまた死んでしまったら…。自分が悪魔になった気がした。
 しかしそれは取り越し苦労だった。悪い知らせは無く、その夜は過ぎた。

某月某日
 すでに里親さんが内定した都会猫たちの血液検査の結果が良好だ。
 狭いところで飼育されていたにも関わらず、白血病もない。
 ひょっとすると、全員がシロなのかもしれない。これはかなり運がいいといえる。
 そして、栄養状態はともかくとして、社会性の高い猫が多く、それほど苦労もせずに先住猫と馴れてくれそうだ。

某月某日
 私の猫があの家をやっと出た。
 病院で検査したところ、去勢は済んでいたという。血液検査の結果、FIVもFeLVも無し。
 私が検査をお願いしたのは、もし白血病のキャリアの猫だったら、来る前に家の猫にワクチンを打たねばならないからだ。
 FIVだった場合は、特に事前の準備は無いが、迎えてからのケアについて、そのことが頭に入っていたほうが好都合なのだ。
 結果がどうあれ、我が家に迎えないという事はありえない。

某月某日
 いよいよ、私の猫がやってくる。もう名前は決めた。知り合い全員に私の猫のことを言って回りたい気分。
 でもやめた。私が彼の事を祝福するだけで充分だから。
 長旅で疲れるかもしれないから、ゆっくり休ませてあげようと思う。
 あとちょっとだから、頑張ってね。

Comment:2

ばあや2004-11-29 (Mon) 18:06

いいなあ、「私の猫」
いい響き!

神渡 りり2004-12-01 (Wed) 16:30

当初は全く意図して書いたんじゃないのですが、ばあやに「私の猫」ってご指摘を頂いて「ハッ」と気がついたのですが…。

この話には続編があります。(というか続編を書くしかないじゃんという状況です)

しかし、現実は私のだ誰のだなんて言っている場合じゃないんですよね。
できる事なら私も自分で選ぶなんてしたくなかったし。

では、続きをお楽しみに(^^;

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